東京の山手線がまだ山の手線と呼ばれていた頃のことです。
山の手線は一周するのにかなり時間がかかりますが、この直径はそんなに距離はありません。
案外短いのです。
私は、学生当時アメヤ横丁の海苔店の店員のアルバイトをしていましたが、上野のアメヤ横丁から後楽園まで海苔の配達のため、自転車で行ったことがありましたが、案外近くで、距離はそれほどなかったように思います。
根岸に行ったのはこの頃のことです。
根岸は上野公園の近くでした。
根岸は昔ながらの風情のある街でした。
小さな小路が入り組んでいて、裏小路に入るとそこは都会にいることを忘れさせてくれるような感覚になりました。
上野の不忍池や上野動物園などの比較的緑の多い場所に隣接している地域であったことも影響していたのかもしれませんが、根岸には都会にありながら、田舎の感じとでもいうのか古風な日本的な情緒を漂わせていました。
夏の暑いさなかにはつるべの朝顔や風鈴がとてもよく似合う街だったと思います。
私のアメヤ横丁でのアルバイトは海苔店の呼び込みが仕事の内容でした。
ある年の年の瀬迫った頃に直接にアルバイトで雇ってもらいたいとお願いして、アルバイトとして雇ってもらいました。
ところが、雇ってもらったものの、大勢の人が目の前を通るのを見て腰が引けてしまいました。
恥ずかしくて声がかけられないのです。
結局、最初の1週間ほどはまったく声が出なくて、呼び込みどころではありませんでした。
ですが、次第に慣れ、アルバイトが終える頃には、私は一人前の威勢のいい啖呵をきったような呼び込みができるようになりました。
その時のアルバイトで根岸に海苔の配達に出かけたことが今でも思い出されます。
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